INTERVIEW

2018.09.20

チーフ・データサイエンティストが語る、SOMPOホールディングスのデータ戦略が生み出したゆるやかな組織変容

SOMPOホールディングス株式会社中林紀彦氏

丸の内アナリティクスのエバンジェリストを務める河出奈都美が、第一線を走るビジネスマンにインタビューを行います。
第二回はSOMPOホールディングス株式会社でチーフ・データサイエンティストを務める中林紀彦さんにお話を伺いました。
(取材日:2018年9月20日)

SOMPOホールディングスの中林さんには、2017年秋に「データサイエンティストの採用基準」というテーマでバンビーノ(※1)にご登壇いただきました。 

すでに組織のなかにデータサイエンス専門のチームが存在し、事業にも積極的に導入している同社。登壇から1年経過してどのような成果をあげているのか、改めてお話を聞きました。

(※1)バンビーノ:丸の内アナリティクスが運営する業種横断型のミートアップイベント。2ヶ月に1回のペースで開催し、毎回豪華登壇者にデータサイエンスの活用事例を紹介してもらっている。(https://marunouchi-analytics.connpass.com/

データを活用した保険業発の新しいビジネスを目指して

まずはSOMPOホールディングスのデジタル戦略部の成り立ちについて伺いたいと思います。そもそも立ち上げのきっかけはなんだったのでしょうか。

中林:

保険業自体が非常に大きな変化の段階に来ていて、そのために大きなデジタルトランスフォーメーションが必要となったという点が大きいかと思います。

そもそも保険業というのは、車や家、モノなどに何かしらのリスクが発生することを考えて作られたもので、そうしたリスクへの保証に対し対価を支払っていただくことで成り立つビジネスモデルです。

ところが、現代では様々なテクノロジーが進化し、あらゆるモノに対するリスクというのが軽減されるようになってきました。

例えば、車。自動運転技術の発達により、衝突事故がずいぶん軽減されるようになりましたね。今後、現在の任意保険は必要ないと考える人も徐々に増えていくでしょう。

このように、保険業のあらゆる領域で市場を取り巻く環境が変化しています。保険業のビジネスモデル自体が大きく転換することを求められているんですね。

私が所属する「デジタル戦略部」は、その課題をデータサイエンスで解決するチームとして、2016年4月に立ち上げられました。

「デジタル戦略部」の具体的な目的はどのような点にありますか。

中林:

大きく2つの目的があります。

1つには、既存の保険業を、デジタル化を含めた効率化を行うこと。もう1つは、既存のリソースを活かして新しいビジネスを創っていくことです。

保険業のビジネスモデル自体が変化を求められていくなかで、デジタル戦略部はいわば課題解決チームであり、データサイエンスは一つの手法ということになりますね。

立ち上げから約2年半が経過しましたが、どのような変化がありましたか。

中林:

中枢組織であるデジタル戦略部の他に、グループ会社の方にデータ分析を請け負うチームを作りました。人が増えたこともあって、既存事業のデジタル化など効率化の施策は、現在のリソースで十分割けるようになってきましたね。

デジタル戦略部単体で言えば、2018年前半からは、データを活用した新規事業を創ることに本腰を入れています。

例えば生命保険の領域であれば、病気になった後の保証ではなく、予防や健康維持のためのヘルスケアサービスも創ることができるはずです。グループ内にある既存のデータだけでなく、Fitbit社との取り組み(※2)のようにグループ内で新たなデータを取得する実証実験もスタートしています。

(※2)Fitbit社が発売したスマートウォッチ「Fitbit Versa」約300台を2018年6月より損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険株式会社の社員に導入した取り組み。同製品の導入は日本の法人企業として初めてである。

データサイエンスは中央集権ではなく現場にこそ根付いていくべき――フェーズごとの取り組みの変化とは

データ分析やデータサイエンスの名を冠するチームができたとしても、経営戦略にまで活用できている組織はそこまで多くないのが現状です。貴グループでそのような体制づくりができている理由はどういったところにあると思いますか。

中林:

やはりトップのコミットメントが大きいと思います。
もともとデジタル戦略部は、SOMPOホールディングスのグループCEOである櫻田謙悟社長の強い意向があって始まったものです。

またデジタル戦略部は、CDO(最高デジタル責任者)楢﨑浩一役員の直下にあるので、かなり経営に近いところで新しい事業にチャレンジさせてもらっている環境にあるかと思います。そういう意味では立ち上げ当初からかなり恵まれた環境だったかもしれませんね。

その背景には、やはり保険業自体が、テクノロジーなどなにか新しい波にさらされているという共通の危機感が上層部にあったことが大きいでしょうね。

データを最大限活用するために、今後どういった姿勢が求められていくでしょうか。

中林:

一般的にヒト・モノ・カネの3点が経営リソースとして挙げられますが、これからの時代はデータもそれに比肩する重要な要素になっていくと思っています。
だからこそ、データ戦略は経営戦略と密接につながっていなければなりません。

よく「とりあえずAIを使いたい」や、「データはあるから何とかしてほしい」という声も聞かれますが、それだけでは難しいでしょう。

まず経営戦略があるべきで、データをどう集めどう使っていくかというデータ戦略をそれにつないでいくべきだと思います。

中林:

また、私たちがこれまで注力していた部分でもありますが、組織内のプラットフォーム作りというのも重要ではないでしょうか。

最近「シチズンデータサイエンティスト」という言葉がよく聞かれるようになりました。これは本職のデータサイエンティスト以外の人がデータ分析を行うことを指します。

私たちも、データの利活用は中枢部署やデータサイエンティストだけでなく、現場でも積極的にチャレンジしていくべきだと考えています。

例えば、部署の業務効率化などは、既存の仕組みをよく理解している現場の人たちが、自分たちの周りにあるデータを使って行う。そのほうがよほど効率が良いわけです。

中枢のデータサイエンス部署は、そのためのプラットフォームを作り、組織内での再現性を高めていくことが必要だと思います。

今後は貴グループのなかでも「シチズンデータサイエンティスト」という職種が増えていくということでしょうか。

中林:

次のフェーズとして、ひとつ目指すことではあるでしょうね。

デジタル戦略部の目的として、既存ビジネスの効率化と新規事業の創出の2つがあるというのは先に述べた通りです。この2つの取り組みの延長線上に、データサイエンスが徐々に現場にスライドしていくということも当然見据えています。

つまり、「効率化」でいえば既存ビジネスに対する理解がより深い現場担当者に、「新規事業」に関しては企画担当者に、中央のデータ専門チームからそれぞれの現場にデータサイエンスが移っていくということです。

究極を言えば、データサイエンスが現場にしっかり根付いて中央の専門チームが必要なくなる、というのが理想ですね。

育成事業が生み出したゆるやかなオープンイノベーション

貴グループではデータサイエンティストの育成事業「Data Science BOOTCAMP(以下、ブートキャンプ)」の取り組みも行っていらっしゃいます。こちらの取り組みについてお話を伺えますか。

中林:

ブートキャンプは、毎年春・秋の年2回開講しているデータサイエンティストの短期育成プログラムになります。

もともとは採用を目的として始まった事業でした。というのも、実力のあるデータサイエンティストはまだ絶対数も少なく、採用するのがなかなか難しかったんですね。そこでポテンシャルのある人材を育成したうえで、グループに採用しようと考えたわけです。

そのようにして始まった事業ですが、すでに100人近い卒業生を輩出しており、卒業後もプロジェクトベースでSOMPOグループに関わってくれる人も多い。

結果として、コミュニティが形成されてきているというのは、非常に価値のあることだと思います。

もとは自社採用のために始めたブートキャンプが、新たな価値を生み出しているのですね。

中林:

ブートキャンプの卒業生たちのコミュニティとして「SOMPO D-STUDIO」という枠組みを新たに設けました。これは、データを使って新しいビジネスを創出することに興味がある人たちが集まる、事業創出プラットフォームです。

卒業生は、起業家や地方自治体で課題感を持って働く人、ベンチャーキャピタルに所属する人、デザイナーやエンジニアなどモノづくりをできる人など、様々な分野で活躍している人ばかりです。

そういった人たちにプロジェクトベースでゆるやかにSOMPOグループに関わってもらい、コミュニティそのものがオープンイノベーションの現場となることを目指しています。

丸の内アナリティクスもデータサイエンティストのコミュニティですが、業種を横断した交流を非常に大切にしています。やはり今後は、異業種・異職種同士でつながっていくことが重要になっていくのでしょうか。

中林:

そうですね。データサイエンスをやりたいという人や実際にスキルを持った人が増えてきているとはいえ、データサイエンティストはまだこれからの職種で、メジャーではありません。

だからこそ業種を超えて、横のつながりを作る機会は貴重だと思います。

業種横断となると、共通のテーマだけでなく、ある業種だけに通用する特殊なテーマも当然出てきます。しかし、共通する部分を自社に応用するだけでなく、特殊な部分でもアプローチの手法を自社の業種にスライドすることは可能かなど、何かしら参考になる点はあるのではないでしょうか。

実務担当者にはぜひ積極的にコミュニティに参加して情報交換してもらいたいですし、これからこうしたコミュニティ自体がどんどん増えていけばいいとも思っています。

これからのデータサイエンティストに求められるもの

D-STUDIOの取り組みや、シチズンデータサイエンスなどのお話を聞いて、データサイエンスという領域がゆるやかに広がりつつあることを感じました。

中林:

日本アイ・ビー・エムに所属していた頃から、これからは事業会社のなかで正しくデータを扱える人が重要になるという感覚がありましたが、データサイエンティストという言葉が一般に普及したことによって、今後はますますその傾向が強くなると思っています。

先ほどデータは新しい経営リソースであるとお話したように、経営戦略の中にデータ戦略が組み込まれていく以上、マネジメント層はそうした領域の理解が必要になります。
また、若い世代にもデータサイエンスの知見を広げるために、将来的には人事の教育プログラムに組み込む、ということも出てくるかもしれません。

会社や部署など、組織的な境界線は曖昧なものになり、今後はますます個人の力が大切になってくるのだろうなと肌で感じています。

そのような社会で、これからのデータサイエンティストはどのようなスキルが必要になってくるのでしょうか。

中林:

データサイエンティスト協会が出しているスキルセットに、ビジネス力・データエンジニア力・データサイエンティスト力というものがありますが、私はこれに追加して「システムエンジニア力」が必要になると考えています。

中林:

ビジネス力は、ビジネス課題を整理し、解決する力。データエンジニア力は、データを使える形にクレンジングしたり準備したりする力。データサイエンス力は、機械学習などデータ分析のモデルを作っていく力です。

それに加え、できたデータモデルを実際にシステムと組み合わせて使っていくことも必要です。今後はそうしたシステムエンジニア力がより求められるようになると思います。

エンジニアリングやデータサイエンスの力は、ツールの改善や自動化により、ある程度改善されていく可能性がありますが、ビジネス力・システムエンジニア力を兼ね備えた人材というのはまだ足りていないのが現状です。

今後データサイエンティストとしてキャリアを積んでいきたいと思っている人は、ぜひそこを目指してもらいたいと思います。

中林紀彦氏 PROFILE

SOMPOホールディングス株式会社
データ戦略統括/チーフ・データサイエンティスト

2002年、日本アイ・ビー・エム株式会社入社。
データサイエンティストとして顧客のデータ分析を多方面からサポートし企業の抱えるさまざまな課題をデータやデータ分析の観点から解決する。株式会社オプトホールディング データサイエンスラボの副所長を経て2016年より現職。重要な経営資源となった”データ”をグループ横断で最大限に活用するためのデータ戦略を構築し実行する役割を担う。また2014年4月より、筑波大学大学院の客員准教授としてデータサイエンスに関する人材育成にも従事する。
2017年4月、データサイエンティスト協会の理事に就任。

インタビュー:河出奈都美
撮影:久保田敦
構成・文:ナガタハルカ
取材日:2018年9月20日