INTERVIEW

2019.03.19

オールジャパンでキャッシュレス文化の推進を目指す、みずほ銀行の新しい挑戦

株式会社みずほフィナンシャルグループ多治見 和彦氏

みずほ銀行が独自のスマホ決済サービス「J-Coin pay」をローンチしたのは2019年春のこと。すでにペイメント事業者が乱立しており、既存のプラットフォームを利用してスマホ決済サービスを行う銀行も少なくない。そんな中でみずほ銀行が「J-Coin Pay」を開発した背景にはどのような目的があったのだろうか。開発プロジェクトを牽引してきた株式会社みずほ銀行デジタルイノベーション部データビジネスチーム次長の多治見和彦氏に聞いた。(取材日:2019年3月19日)

ペイメントサービスのオールジャパン構想

多治見さんには過去にもバンビーノにご登壇いただき「情報銀行」など、メガバンクのデータ組織ならではの視点から話をお伺いしてきました。今回は今年始まったサービスの「J-Coin Pay」について詳しくお聞きしたいと思います。

多治見:

「J-Coin Pay」はいわゆるキャッシュレス決済サービスのひとつで、個人間の送金や店舗でのQRコード決済などの機能を盛り込んでいます。他社と異なる点でいえば、金融機関が自らインフラを構築していますので、外部のサービスと銀行口座やクレジットカード会社をつなぐ必要がなく、インフラ内でのトランザクションが少ないのは大きな利点のひとつです。

ユーザーはアプリをインストールして会員登録を行い、取引する銀行口座の残高から直接コインをチャージすることが可能です。個人間の送金取引や店舗での支払い、すべてのシーンで手数料はかかりません。もちろん銀行の残高もそのアプリで確認できるようになっています。

多治見:

また大きな特徴として、このサービスはみずほ銀行単体で行なっているのではない、ということが挙げられます。他の金融機関と連携した銀行連合として展開しており、現時点で70行(*1)を超える金融機関、地方金融機関から賛同をいただいています。

「J-Coin Pay」の「J」とはJapanの頭文字です。また、サービスカラーをご覧いただければわかるように、今回みずほのコーポレートカラーであるブルーを使わず、第三色となる桜色を採用しました。これはオールジャパンでキャッシュレス化を進めようという意図があるからです。

(*1)2019年3月19日時点の数字。2019年11月25日現在、賛同機関は90行を超える。

なぜ銀行連合で進めることになったのでしょうか。

多治見:

ひとつには現実的に考えて、みずほ銀行の独力だけで国内にキャッシュレス文化を普及させるのは難しいという懸念があったからです。みずほグループでは現在2,400万を超える口座を抱えていますが、これは日本の人口の1/6程度。さらに全ユーザーがアクティブに利用しているわけではありませんので、みずほ銀行と継続的にお取引いただいているのは日本人のうち10人に1人といったところでしょう。これではみずほ銀行単体で推進してもスケールしないことは明らかです。

そもそも、ATM機械の保守運用や輸送コストなど、現金の取り扱いコストの高さは金融機関が共通して抱えている課題です。キャッシュレス化の推進は、この課題を解決する方法のひとつにもなり得ます。

金融機関がそれぞれ単体で取り組んでもユーザーに根付かせるのはなかなか難しいでしょうし、業界全体で見ればコストが嵩むだけです。それならば、キャッシュレス化に関わる導入コストを業界でシェアし、全体として低コストかつより効率的な方向に舵をとろうと考えたわけです。

業界全体で……ということは競合同士でコストをシェアするということですね。

多治見:

競合相手とはいえ、コスト削減は連携して行った方が効果は大きいでしょう。コスト削減は一緒に取り組んで、あくまでも他の金融サービスの中身で競争しましょうというのが私たちの考え方です。

みずほ銀行がどんなに頑張っても、他の金融機関のユーザーはその恩恵を受けることができません。私たちがもっとも優先すべきは、業界全体でコストシェアを進め、日本にキャッシュレス文化を広めることにあると考えました。そのためには、みずほ銀行はあくまでOne of Themでも構わないのです。
すでにいくつかの金融機関にご賛同いただいているのは、こうした点に共感してくれているからだと思っています。こうしたコストシェアの世界は今後より広がっていくのではないでしょうか。

多治見:

また近年では、「〇〇ペイ」というペイメント事業者、アマゾンや楽天などのEコマース事業者など、他業界から金融サービスへ参入する事例が目立つようになりました。こうした企業は、あくまでも本業に生かすために金融の領域に取り組んでいます。

私たちとしても、金融サービス一本でやっていればいいという状況ではなくなってきているという危機感も背景にはありますね。新しいことに挑戦する一方で、堅実的なコスト削減で着実に成果をだしていくことが必要です。

データの活用でユーザーに寄り添ったサービスを作り出す

そこにはデータの獲得という狙いもあったのでしょうか。

多治見:

もちろん、これまで銀行が保有してきたものとは異なるデータを集めるという狙いもありました。と言いますのも、これまでの金融データとは非常に粒度の粗いもので、金額の取引はわかっても、お客さまがそれを何に使用し実際にどのような行動をしているかということまではわからないのです。

「J-Coin Pay」に限らず、今デジタルイノベーション部で取り組んでいるプロジェクトの多くは、より深い階層のデータを自ら獲得することを目的の一つとしています。また、得たデータを活用して、お客さまに喜んでいただけるサービスを作っていくことが、我々の役割であると考えています。

データの利活用を考えたときに、「今あるデータを使って何ができるか」を起点にすることも多いですが、これからはそれだけでは足りないでしょう。新規ビジネスを立ち上げるにあたり、「あるから使う」のではなく、設計の段階で、今後どのようなデータを得られるか、それを使って何をするのかまで考えていくことが実はとても大切ではないでしょうか。

多治見:

データは伝えることによってバリューを生み出します。デジタル化が進めば自ずと企業が取得できるデータ量は増えていきますが、それをサービスに生かさなければ、お客さまへ価値を提供することはできません。銀行の保有してきた金融データも持っているだけでは何も生み出せないのです。他の新しい情報と掛け合わせ、よりユーザーに寄り添ったサービスを作り出していくことが必要不可欠です。

たとえば「J-Coin Pay」で言えば、よりエンドユーザーとの接点が多い加盟店への情報提供といった領域も、今後我々が取り組むべき課題です。ただ、処理されていない生のデータをそのまま渡されても困るだけですので、いかに価値のある形に変えてお伝えしていくかということに関しては、これから仕組みを検討しなければなりませんね。

データを伝えていく、という話で言えば、以前バンビーノでデータポータビリティのお話もされていましたが、「J-Coin Pay」でもそういった構想があるということでしょうか?

多治見:

データポータビリティや情報銀行に関しては、国内での法整備がまだ追いついていない状態なので、現時点ではなんとも言えません。

私個人の考えで言えば、データが正しく流通していかなければ、価値あるデータビジネスも当然生まれないと思っています。同業他社や異業種を含め、いろいろな情報が流通していく仕組み、そのときに然るべき対価が支払われる世界を、社会全体として将来的に作り上げていくべきだと思っています。

目指すはあらゆる取引が「J-Coin Pay」で完結するプラットフォーム

最後に今後「J-Coin Pay」で目指していくことについて教えてください。

多治見:

繰り返しになりますが、日本でキャッシュレス文化をつくっていくということに尽きると思います。

首都圏で暮らす人にとっては、日本のキャッシュレス化がそこまで遅れているという印象がないかもしれません。しかし地方では、人手不足といった問題を抱えているにも関わらず、いまだに現金決済が圧倒的大多数であるのが現状です。中途半端なキャッシュレスは逆に不便になるかもしれません。ただ、キャッシュレス化を進め、小規模店舗でも現金のハンドリングが必要なくなれば、皆がよりハッピーになれる環境を生み出せると信じています。地方金融機関との協働体制を活かして、より地域に根ざした普及を行えればと考えています。

また、来年2020年には東京オリンピック・パラリンピックをひかえており、海外からも多くの観光客の来日が予想されます。この機会を逃さず、国内のキャッシュレス対応を推進していきたいですね。みずほ銀行の口座を持っていない海外のお客さまでも加盟店でのQRコード決済を可能にするといった取り組みの推進、さらに海外のペイメント事業者との連携も視野に入れています。(*2)

プロジェクト構想として、最終的には「J-Coin Pay」の口座ひとつあれば、送金や給与振込などすべての決済を完結できる──そんなプラットフフォームにもなり得ると考えています。これはメガバンクから地方金融機関、信用金庫・信用組合にいたるまで、多数の金融機関のネットワークが実現すれば、決して非現実的な話ではありません。

とはいえ、まだ新しいサービスということもあり、サービスのプロモーション施策や、ユーザーの離脱防止施策など、細かな課題が多数あるのが現状です。技術的なことに関しても独力でやることに拘りすぎず、必要なところは専門業界の企業と上手く連携しながら、基本的なデータ分析を地道に行なって、サービスに還元し、プラスのサイクルを生み出せるよう成長していければと考えています。

(*2)その後、「J-Coin Pay」の加盟店向けオプション機能として、2019年7月より「銀聯 QR コード決済」「アリペイ(Alipay、支付宝)」との取り組みが開始している。

多治見 和彦氏 PROFILE

多治見 和彦氏
株式会社みずほフィナンシャルグループ デジタルイノベーション部 /
データビジネスチーム ・次長
2001年4月、株式会社みずほフィナンシャルグループ入社、みずほ第一フィナンシャルテクノロジー株式会社出向。
2014年7月、みずほ第一フィナンシャルテクノロジー株式会社 金融工学第一部 副部長
2016年11月、一般社団法人丸の内アナリティクス 理事
2017年4月、株式会社みずほフィナンシャルグループ デジタルイノベーション部 データビジネスチーム 次長
金融機関・事業会社向けのリスク管理モデリングを中心に各種データ分析を経験後、現在は新規ビジネス部門においてデータビジネスの創出に従事。

インタビュー:河出奈都美
撮影:池田博美
構成・文:ナガタハルカ
取材日:2019年3月19日